東条英機―大日本帝国に殉じた男
日本史の中で完全に悪者扱いされている人物は何人か存在する。個人的にぱっと思いつくのは「田沼意次」と「東条英機」。たぶん他にも色々いるのだろうが、自分の浅い知識の中ではまずこの二人だ。
特に東条英機は日本近代史の人物であるせいもあるからなのか、評判が悪い。大東亜戦争を引き起こした張本人であるかのような(実際は勿論違うけれど)イメージが出来上がってしまっている。特にヒトラーとの同一性を語りたがる人々が、海外で多いように思う。
旧日本軍陸軍軍人のイメージと言えば、理不尽な暴力と無理矢理の精神論。今話題のブラック企業のイメージそのまま。その陸軍出身の首相なのだから、やっぱりそのイメージがそのまま自分の中には染みついてしまっている。
しかし本書で記述されている
東京裁判では、日米政府のあいだで昭和天皇を追訴しないために、東条に全責任を負わせようと画策したことが明らかになっており、結果的に日本の軍国主義を断罪するためのスケープゴートにされたとの見方もある。 東京裁判のキーナン首席検事は、東条について「被告のなかで真実を語った唯一の人物」と評価していたことが、平成七年(一九九五)一月「キーナン文書」(ハーバード大学法律大学院図書館所蔵)のなかにある妻への手紙で明らかになった
という一文を読むだけで、随分と自分の固定観念が変わってゆく。そして所々出てくる、以下のような逸話を読んでゆくうちにその人間性に引き込まれる。
その間、東条は軍紀風紀を乱し、軍人としてあるまじき行為をとった者には仮借のない処置を下していた。なかでも、掠奪や強奪、強姦には厳罰で臨んだ
東条は父親譲りなのか、部下の面倒をよく見た。ボーナスは生活に窮している部下にやってしまうために、家に持ってくるのはいつも半分ほどであった。
東条は、作戦当初から食事は兵と同じものを持ってくるよう厳命していた。少しでも御馳走がでると、すぐに副官を呼び、「これは兵食どおりか」と念を押した。それ以外、食事に対する不平不満はいっさい口にしなかった。元来、東条家の食事は粗食だった。東条は兵と同じものを食べることに何の抵抗も感じなかったし、それどころか、かえって同じものを食べていることで安心できた
そして人間性は死ぬ間際によく現れる。東条の絞首刑が決定した時に
敗戦により、国家と国民とが蒙った打撃と犠牲を思えば、僕が絞首台に上るがごときは、むしろもったいない。八つ裂きにされてもなお足りない。君が生き残っても、僕については少しも弁解してもらいたくない。僕はただに絞首の辱めを受けるだけでなく、永遠に歴史の上に罵りの鞭を受けなければならないからである
と覚悟を決めたことは、日本人として誇らしくもなる。
しかし
についてはやっぱり無念。ドイツの敗戦も、日本の敗戦も予想しながらそれを止めることが出来なかった。東条は天皇の意思に従い、最後まで戦争回避に尽力した。しかし、それは上記の条件があったら避けられないことでもあった。
それだけが本当に前捻だ。 東条英機という人物を知る上で本書は手軽で分かり易い良書であった。