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ひびのいろいろ

言葉にならない痛みを、言葉で紡ぐ試み

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高校銃乱射事件の被害者家族と加害者家族による対話を描いたドラマ「対峙」。この作品は、言葉では到底表現できないほどの喪失と向き合い、それでもなお対話を試みる人々の姿を、静かに、しかし力強く描き出している。

物語の終盤で発せられる「私も話したかった」というセリフが、個人的には最も印象に残った。この短い言葉の背後には、長い間抑え込まれてきた感情の重みが込められている。被害者家族だけでなく、加害者家族もまた、語るべき言葉を持っていたのだ。しかし、その言葉を発する場が存在しなかった。

映画を観ながら、日本においてこんな対話の場が作れるだろうか、と何度も考えさせられた。日本人というのは言語化が非常に苦手な国民だと思う。一方で、西洋人というのは、本当に言語化が得意なのだろうか。それとも、論理的に考え、感情を言葉に変換する習慣が身についているのだろうか。

しかし、自分の子供が殺される。これほど論理が通じず、感情的になる出来事があるだろうか。そのような極限状況においても、対話を試みる人々の姿は、言葉の力を信じる希望そのものだった。

「結ぶ絆に祝福あれ」「心の交わりこそ、いとも尊きもの」という言葉もが最後に流れこの映画の核心を表しているように感じた。対話を通じて生まれる絆、心の交わりこそが、人間にとって最も尊いものなのだ。

一貫して緊張感にあふれる映画だった。映画の中にBGMや効果音が一切ないのも印象的であった。その静寂が、かえって登場人物たちの内面の声を際立たせ、観客を物語の深層へと引き込んでいく。余計な装飾を排した演出が、この作品の真摯さを際立たせている。

人生は本当に切なくてやりきれない喪失の連続だ。それでも誰かとつながること、結びつくことが人間の救いになるのだと思う。「対峙」は、そのことを静かに、しかし確かに教えてくれる作品だった。

書評_夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」

著者 : 斉藤章佳
発売日 : 2025-06-13

ネット上の集団心理には、時折ぞっとさせられることがある。 加害者だけでなく、その家族にまで言葉の刃が向けられる様子をSNSで目にするたび、暗澹たる気持ちになる。見たくないと思いつつも、視界に入ってくるその「私刑」の光景は、現代の闇そのものだ。

先日読んだ『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』は、そんな日本社会の現状に一石を投じる一冊だった。

欧米では「hidden victims(隠れた被害者)」として支援の対象となる加害者家族だが、日本ではその存在すら可視化されていない。 精神科医として働いていても、性犯罪加害者の臨床というのは、正直なところ躊躇してしまう難しい領域だ。しかし、だからこそ避けては通れない事実がある。

多くの加害者が、かつては被害者であったという事実もある。 特に性犯罪において、その連鎖は根深い。だから事件の表面だけをなぞって何かを理解したつもりになることほど、危ういことはない。

以前観た映画『プリズン・サークル』でも描かれていたが、人が真に内省し、自分を客観視できるようになるためには、他者との「対話」や「グループ」の存在が不可欠だ。 人は、人とのつながりの中でしか変われないのかもしれない。

仕事柄、「謝罪とは何か」「責任とは何か」をずっと考えている。 文献を集めて読んだ時期もあったのだけれど中々しっくりくる回答には至っていない。しかし本書にあった以下の言葉は、その問いに対する一つの答えとして、深く胸に刺さった。

「自分が犯した加害行為を認識し、被害者の人生に与えた影響を考え続ける。葛藤をしてもなお贖罪する歩みを止めない。このことが真の意味での『責任を取る』ことではないでしょうか」

安易な答えを出さず、考え続けること。それが責任を取るということ。 そして、その苦しい道のりを歩むためにも、孤立してはならないのだ。 本書を通しての「つながる」というメッセージが、重く、しかし温かく響く。 仲間とつながること、医療につながること。 支援の輪が、必要な人に届く社会であることを願ってやまない。

追記として巻末にあった映画のリストがなかなか興味深かった。これからひとつひとつ観てみたいと思った。

映画_みんな元気

もし自分がまだ若く、子どもが成人したあとの人生を知らなければ、きっとここまでこの作品に強く心を打たれることはなかっただろう。年齢を重ね、親としての経験や悩みを持ち、さまざまなことを通過してきた今だからこそ、この映画の切なさや温かさが胸に響く。

1990年公開のイタリア映画「Stanno tutti bene(みんな元気)」のリメイクとして、2009年にロバート・デ・ニーロ主演でアメリカ版が制作された。さらに2016年には中国でも制作されたらしい。こうした親子の関係性は、全世界共通のテーマなのだろう。

物語の中で描かれているのは、「子どもは親の思う通りには育たない」という非常に普遍的な現実だ。親ならば理解しているつもりでも、心のどこかで自分の願いや期待を重ねてしまう。そのギャップの切なさ――思い通りにならない現実と、それでも変わらず子どもを思う親心――が、とてもリアルに描かれていると感じた。

この映画の良いところは、子どもたちがそれぞれ人生につまずき、うまくいかない姿を描いていることだ。人生は必ずしも明るく順調なわけではなく、迷いや悩み、挫折を抱えながら生きていくものだと改めて気づかされる。だからこそ、彼らの姿に親しみやすさと、ほろ苦い共感を覚えた。

主人公である父親は電線工事の技術者という「つなぐ」仕事に従事しており、その職業が物語全体のテーマとも重なっている。家族の絆、途切れそうな繋がり、そしてやはり最後には人と人が「つながる」ことの大切さ――この映画はそのことを静かに、しかし確かに伝えてくれる。

これから親として歳を重ね、子どもたちの人生を見守る側になる自分にとって、とても心に残る作品だった。

みんな元気 - Amazon Prime

映画 みらいのうた


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冬休みを利用して、池袋の映画館で「みらいのうた」を鑑賞した。作品を通して特に印象に残ったのは、吉井和哉さんの笑顔である。彼の表情には、年齢を重ねた人だけが持つ落ち着き、美しさ、そして優しさが滲み出ており、本当に素晴らしい歳の重ね方であると感じた。スクリーン越しにその笑顔を見るだけで、自然と温かい気持ちになった。

吉井和哉さんの語る言葉と仕草の1つ1つが上品で美しいのも印象に残る。父親やロックに惹かれる人の想いも素敵すぎる。

また、昔からの友人であるEROさんとの関係性も非常に興味深いものであった。お互いに長い時間を共有しながらも、それぞれ独自の人生を歩み、まさに「ロック」な生き様である。そうした関係を築けるのは、相手を信頼し、敬意を持って接しているからこそであろう。吉井和哉さんがEROさんについて「あの人になんであの人に惹かれたんだろう。別に有り難いことをしてもらっている訳ではないけれど、なぜか関係が続いている」というニュアンス(正確な表現は忘れたが)のことを話していて、それが妙に印象に残った。

映画を鑑賞する中で、自分自身もいずれは歳を重ね、死を迎える日が来るのだということを考えさせられた。そして、どのように生き、どのように死と向き合うべきなのかという課題を改めて意識した。自分も確実に歳を重ね、身体が動かなくなっていくのだという現実を、改めて受け止めた。今年観た映画の中でも、この作品がもっとも心に残る一本となったのは間違いない。

ちなみに、Spotifyで今年もっとも多く再生した楽曲も、吉井和哉さんの「みらいのうた」であった。この曲を聴きながら多くの仕事を今年は行った。映画と音楽の両方で彼の才能に触れ、多くを感じる一年だった。

戦争と家族の絆

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年末に映画をみた。少し年末に時間が出来たので何か見たいなぁと思いNetflixをぼんやりと見ていたのがきっかけだった。選んだのがこの映画「ラーゲリより愛を込めて」だった。

自分のルーツの1つは満州にある。太平洋戦争当時に祖父は満州において関東軍で任務にあたっていた。終戦間際に家族ごと日本に帰国したから、この映画の背景にあるようなシベリア抑留は祖父は経験していないが、満州にはそういうわけで少しの愛着がある。子どもの頃にソ連軍への恨みは.祖母からよく聞かされた。ことあるごとに、中国の人達の温かさとソ連軍の冷徹さを祖母は語っていた。その時の祖母の目は子どもながらに怖かった。それほどロシア人を憎んでいるんだろうなと子どもながらに思ったものだ。この映画をみて、そんな子どもの頃の記憶が蘇ってきた。

しかし、この映画をみて印象的だったのは人の笑顔だ。慈しみにとんだ柔和な笑顔だ。二宮和也氏や北川景子氏の自然な笑顔が映画を見終わった後もずっと心の中に残っている。

戦争映画ではあるけれど、そして決して幸せな内容の映画ではないのだけれど、なぜかすごく幸せな気分になれた作品だった

身体を休めるためにリカバリーウェア

金曜日にモデルナの3回目のワクチンを接種。

翌日、起床して発熱もなく、注射部位の疼痛と身体のけだるさが少しあっただけだったので まぁ大丈夫だろうと職場に出かけた。しかしながら時間が経つにつれ気怠さが加速度的に上昇した。発熱はなかったものの、ちょっと仕事にならなかったので半日で退社。その後丸1日布団の中でひたすら爆睡。寝ていたというより倒れ込んでいたというほうが適切かもしれない。もっと正確に言えば、寝ているか起きているか分からない状態のままひたすら布団の中で過ごしていた。

朦朧とした意識状態の中で体温を測ると、既に38度を超えていた。もうこの数値を見ただけで個人的にはしんどい。ワクチン2回目の接種の時は発熱がなかったので若干油断はしていた。この寝ているか起きているかよく分からない朦朧状態が辛い。

今後コロナウイルスの情勢によってはこのワクチン接種が半年に1回の頻度で持続し、この苦行が訪れるのかと想像すると憂鬱な気分になってくる。

それでも自分の家に帰ると 大分気持ちが安らいでほっとする。自分の家だから当然といえば当然なのだ。そして最近、家に帰って部屋着に着替えるとだいぶ心は落ち着くのだ。その理由はリカバリーウェア。自分が使っているのは以下の二種。

ベネクス / TOPページ

リカバリーウェア BAKUNE | TENTIAL[テンシャル] 公式オンラインストア

はっきりいって医療的なエビデンスは低く、プラセボ効果も多分にあるだろう。それでも個人的体験から述べると最高に着心地がよくリラックスできる。(多分気のせいだけれど)身体の力が抜けていく感覚があるし、朝の目覚めも良い(と思う)。 そしてこの類いの製品は衣料品としてはかなり高額だ。こういった製品をいつかUNIQLOなどがが開発・発売して安価で提供してくれれば幸せなんだけどな。

プリズン・サークル

自分が勤めている場所に通ってくれている保護者の方に「是非見てください!」と念押し(?)された映画。島根県の刑務所を舞台にしたドキュメンタリー。 この刑務所にはTC(回復共同体)を利用した治療プログラムが存在している。このプログラムを2年に渡って追ったのがこの作品。やっと休みを利用して約束を果たし、見ることができた。結果素晴らしく良かった。そして勉強になった。

TCの方法論などについては自分も詳しくは知らないのだけれど、詳しくは以下の書籍に書いてある。この映画に出演している藤岡氏は日本の犯罪臨床の第一人者で、自分も随分他の書籍などで勉強させていただいた。映画の中での藤岡氏の表情は素晴らしく温和で仏様のようだったことも付け加える。

治療共同体実践ガイド―トラウマティックな共同体から回復の共同体へ

治療共同体実践ガイド―トラウマティックな共同体から回復の共同体へ

  • 発売日: 2019/10/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

映画をみて分かるのは受刑者達が本当に自分の言葉で会話をしていることだ。輪になって受刑者達同士でだ。犯罪加害者達はおしなべて幼小児期から過酷な経験をしてきた人達がほとんど。そして陰性の感情を箱の中に押し込めて何も感情を感じないようにしてきた。このプログラムをすることでその体験をすべて乗り越えることができるわけではないのだろうけれどきっかけにはなるのだろう。

永山則夫 封印された鑑定記録 (講談社文庫)

永山則夫 封印された鑑定記録 (講談社文庫)

映画を見終わって連想したのは永山則夫の書籍だった。この物語と同じことが、TCの方法論をとりまく人々にもおこっているのだろう。犯罪加害者には罰ではなくて治療が必要であるということが本当によく表現された作品だった。こういう映画が地上派などで放映されるようになればよいなぁ。それが叶えばきっと良い世の中になるのになぁ。そしてそういう世界の先にトラウマを正しく見据えた トラウマインフォームドケア が根付いた社会ができるのだろうなぁ。