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ひびのいろいろ

【書評】狼の牙を折れ

 

狼の牙を折れ」は公安と東アジア反日武装戦線の戦いを公安の立場から描いた秀逸なノンフィクション。本作者のノンフィクションはどの作品もその優劣が全くつかないほどに素晴らしいのであるけれど、特に本書は凄まじかった。本書に出てくる人物はほとんど実名。公安の人々に著者が直接取材をして集めた情報ばかり。非常に貴重な内容だ。

 

東アジア反日武装戦線は僕を含めた1970年代以降に生まれた人々にとってはイメージしにくい組織かもしれない。

 

東アジア反日武装戦線 - Wikipedia

 

まあ端的にいうとテロ集団だ。

 

 

 

全くもって無知な自分はこんな組織がかつて1970年代の日本に存在することを知らなかった。

そんな組織との闘いについて何故いまさらノンフィクションなんだろうと考えたが、それは本書の後書きを読むと理解できる。

 

東アジア反日武装戦線の若者たちが取り憑かれていった「窮民革命論」は、「反日亡国論」につながるものである。すなわち「日本」という国家、あるいはその「存在」どものもを否定し、嫌悪している人々が信奉するのがこの理論である。

 

 しかも"これへの心情的なシンパは"今の驚く程多い。それは今は六十代以上となった団塊の世代全共闘世代の一部がもつ独特なものである。

 

 マスコミや言論界の中枢で今も大きな影響力を持っているこの世代の底流にある考え方は形式や過激度は違っても、非常に似通っているものがあることに気づく。

 

 すなわち現在の反日亡国論につながる系譜を理解し, 日本の社会が抱える様々な問題点を事件解明に挑んだ無名の人々の”現場力”は必ず後世に残さなければならないものであったと思う。(P378)

 

こういう立場の人々をこの著者はいつも追いかけていると僕は思う。現場力という意味では同作者の前著 も原発現場の現場力を描いた本であった。

 

 

知名もなく、勇名もなしー名を知られることもなく、手柄を誇ることもない。蔭で世の中を支える人々の心得と使命を表したこの言葉は表に出ることのない公安部の捜査官がいつも肝に銘じているものである (P378)

 

地道にしかも着実に犯人を追い詰めてゆく公安警察の刑事だち。大学まで卒業した後に殺人集団へ入り、無差別テロを繰り返す「東アジア反日武装戦線」の若者達。極貧の中で生活し、大学には行きたくても行けずやむを得ず生活のために警察へと就職した公安の人々。その対照的な姿がなんとも考え深い。

 

名も知れぬ人々ばかりでない。

 

この事件の解決に当たった当時の土田國保は数年前に別のテロ組織に妻を爆弾で殺害されている。

土田・日石・ピース缶爆弾事件 - Wikipedia

その際の記者会見の言葉は思わず涙をさそう。

「この凶行をおかした犯人に私は呼びかけたい。君らは卑怯だ。自分の犯した重大な結果について自ら進んで責任を負うことはできないだろう。しかし少なくとも一片の良心があるならば、このような凶行は今回限りで止めてもらいたい。そして私の家内の死が善良な何の関係もない都民、あるいは警視庁の第一線で働いている交番の巡査諸君や機動隊の諸君や家族の身代わりになってくれたのだというような結果がここで生まれるのなら私は満足いたします。以上です。」 (P168)

 

そんな人が警視総監となったこの事件の解決に当たったのだ。その姿を見て現場の人間達は必死に仕事をしたのだろう。そしてどの努力が結実した。本書を読んでゆくと最後はちょっと涙ぐむ。そんな素晴らしいノンフィクションだと思う。(ただ日本史的には事件解決後ちょっとなっとくいかない展開にはなるのだが。)